ペダルの踏み位置。

仕事終わりから2時間の個人練。週頭は空いているらしくスムーズに予約が可能だった。

 

キックの音を大きく安定させる踏み方を前提に練習を始める。1打時と2打時では大分アプローチが異なる。

 

2打時はヒールアンドトゥが1番踏みやすいことは明確なので、1打目をかかとで踏む際にいかにビータを跳ね返らせるかがポイントになる。そしてその反動を利用して2打目を踏む。わかってはいるが足の項の筋肉がしなやかにならないとダメなので、筋トレのように地道に続けるしかない。

 

1打時もビータの反動を利用して音を鳴らすことは明確。しかし、ダブルを前提とした位置で座ってる事から、どうしてもペダルの前方を踏む癖が抜けない。徐々に徐々に脚が前にブレていく。これではダメだ。パワーが足りなくなる。

 

理想はこの位置。よりも若干後ろの方がバネの威力を使える。

 

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このYAMAHAのペダルにはPearlのペダルに書いてあるのと同じ位置にガムテープを貼ったのだが、このペダルはロングボードなので、それよりも若干後ろに脚を乗せた方が威力を利用しやすいのだろう。ペダル1つ取ってもこんなに違うんだね。

 

ビーターが最高点まで跳ね返ってくる位置を目標に踏むこと。そしてなるべくオープン奏法で低音にサスティンを効かせること。

 

木曜はライブになってしまうので、出来れば今夜にでもリトライしたいところだ。

音の鳴り。

いつもの如く渋谷LUSHへ遊びに行って来た。時間の関係で3バンドだけ。odorico、リンリンそしてsalsa。同じハコの同じ機材を使ってもここまで音に差が出て来るあたり、面白いなと感じる。

 

金モノはともかくとして、キックとスネアにはその影響が顕著に出る。リンリンのドラム、絵平くんのキックは特に抜けていた。いい音だ。気持ち良い。これがスナップを効かせて振り落とす差なんだろう。手もも脚も同じで、いかに振り落とす際にバネを効かせて速度を付けるか。練習しないとなと思うところだ。

 

後で絵平くんに聞いてみると、キックはオープン奏法で叩いているという。だから抜けが良いのだろう。芯の入った後はビーターを当てっぱなしにするとどうしても鳴らない。低音なので少しの差しか出ないが、多分こういうところが大きい。

 

それと、絵平くんもsalsaも重心は低く、腹に力を入れどっしりと叩いていた。salsaの方はスネアの連打で身体を反る箇所があったが、絵平くんはほぼなかった。これもバランスなんだろう。姿勢というか、どこに重心を添えるか。とっても大事だ。

 

帰って早くスタジオに入りたくなる。

 

技術の練習というより、1発1発にどうやって気持ち良い音を出すか。こればかりは日々コツコツとやってくしかないんだろうなと感じるところ。えぇやん。性に合ってるよ。

 

個人プレイ。

天気のせいにしてはいけないのだが、まったくもって気分が晴れない。何をしてても時が経つにつれ美化の傾向が高まる過去のことばかりを考えてしまう。

 

先々週末のことだ。

2年目の新人が会社を辞めた。

 

「他にやりたいことが見つかった」という名目だが、名目は作り出すもので、どこまで本当だったかは定かではない。GDPと一緒。

 

加えて、ここ3年ほど一緒に仕事してきた直属の後輩が育児休暇で1ヶ月ほど休暇を取ることになり、一気に2人の後輩を失うことになった。実はこの後輩が育休から帰って来た後には人手不足から別のチームに異動になる人員も出ることがほぼ確定している。つまり、チームを変わらないのは自分だけ。あとは皆、一時的、長期的な違いはあるにしろチームを離れていく。

 

ずっと残って同じ仕事をし続けるということは、送別という名で何人も何人も送り出さなければならないのだ。

 

送別会ほど面倒くさいものもない。

 

飲み会の準備と参加。あげる必要があるのか不明のプレゼント。そして去っていく時の意気揚々とした明るい表情。残る人間にとってこれほど辛いものはない。かと言って自分がもてはやされるだけの冠婚葬祭ごともなければ、仕事を辞めるリスクを取ることもない。

 

しかし、一気に人が抜け、誰の目も気にせず1人で気ままにする現場仕事は何処か清々しくもある。客の状況すべてを他人に聞く必要がない。全部自分で対応してる分、全部自分で把握出来ている。上司に伝えてややこしいことは包み隠してしまえば誰にも解らない。仕事をする場所も時間もお咎めない。結局、1人は好きではないが、居心地は良いのだろう。どんな時も。

 

梅雨だからこんなことを考えるのか。それとも元からこういうことを考えるほど性根がが腐っているのか。梅雨のせいにしてはいけないだろう。

 

少しそっとしておいてほしい。

憧れの個人練習。

ドラムの個人練習が非常に楽しい。

 

実はこう感じるのは初めてのことで、今までは自分の好きなドラマーみたいに叩きたいという衝動というか、それだけ真似してれば十分だよねという気持ちでしかドラムを叩いていなかった。

 

だから本番でも目一杯に力を込めて、腕つって息が詰まる程に一生懸命叩いて、疲労バロメータが高ければ高いほど良いプレイ出来てたぜ的なスタンスでやっていた。まぁ、好きなドラマーがそんな感じだったんだから仕方ない。

 

でもそれはあまり良いとは言えない叩き方で、四肢全体のバランスを欠いた、ただ味が濃いだけで何の旨味もない食事のような非常にぎこちないプレイだったと思う。空腹だけは満たされそうだけどね。

 

実は身体の力を抜き、緊張感を解放してフラットな状態で叩くドラムこそ最も抜けた良い音が鳴るとどうしてもっと早く気付かなかったのだろうか。

 

その為にまず椅子に座ることを辞めた。

 

正確には椅子に座らなければ叩けないので、椅子に座るという意識をなくした。立ったまま尻だけ椅子に付けてる感覚にし、腰を重心にして手と脚をそのまま落とす意識。これだけでかなり変わった。意識が変わると自分で聴いてても音に反映されて来た頃から個人練習が面白くなってきた。ただビートを刻んでいるだけで楽しくなってきたからだ。

 

そして余分な成分を割いた。

 

具体的には座って右側のクラッシュシンバルだ。2つもあるクラッシュをバンバン鳴らしてたらいつまで経っても1拍目でしかリズムが取れない。1から4まで。もっと言えば1から16まで、細かく表せばもっと有るのかもしれないが、1を16で採れる意識を持つ為にクリックの練習も欠かせないと思った。

 

そして手と脚の鳴らし方。

 

シングル時の鳴り方とダブルストローク・ダブルアクションでの粒の安定感。手首と足首。どこを支点にして鳴らすか。これも結局のところ日常的に練習してないと上手く落とせない。つくづくドラムって楽器は筋トレに似てる。サボればサボる分ダメになっていくし、やればやる分だけリズムを掴めるようになる。出来れば楽しくなるというオマケ付きで。

 

更に一発一発を意識するようになると、今度は楽器自体も気になるようになった。本当、気付くのが遅い。スネアの種類に始まり、シンバル、バス、タムと、こういう音にしたいという希望が湧いてくる。特にバスのチューニングとミュートは大事だ。多分に音が分散する成分を吸ってくれるくらいのミュートが好みだが、ライブハウスでそこまでミュートしてくれてるバスは無いから、スタジオでどれだけ好みの部屋を探し、そのチューニングから学ぶしかない。

 

スネアもシンバルも欲しくなる。

向き合えば向き合う程に欲が出て来るのはどんなジャンルであろうと同じなのだと感じた。

 

こう書いて直ぐにでも上達していれば最高なのだが、あいにく成果が出始めるのは少し先になるだろう。後で振り返って思い出してみれば「あぁ、少しは上手くなってるかな」と感じる程度。でも着実に変わってる。

 

今はそれこそRPGを少しずつ進めていくような感覚で日々コツコツと経験値を貯めている。大事なのは飽きない精神と楽しむ心。7月はライブがそれほど多くない分、もっと出音にこだわっていきたいね。

 

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個人練のスタジオ後に食べるアイスが楽しみになってきてます。今夜は#ガリガリ君 これは#ソーダ味 ホントは#洋梨味 食べたかった🍧明日から7月。もう立派に夏だよね。

 

明日は何のアイスを食べようか。

リスタート。

当たり前の話だが、弱点を克服するには反復して練習するしかない。それはどんな分野にも同じこと。曲を作るよりまずはドラムの腕を上げようと思った。普通に8ビートを叩いただけで「こいつヤバイぞ」と思われるようなドラム。結局それも日々の練習の反復でしかない。

 

やみくもに叩いても意味がないと思った。練習ていっても決してストイックな訳ではなくゲーム感覚で一つずつクリア出来て日々の進捗が確認可能な練習。少しでも成長してると自覚出来る練習。その為にはテキストが欠かせない。クラシックピアノがバイエルから始まってブルグミュラーソナチネと進んでくように自分用のテキストを数冊持っておこうと思った。

 

そこで「ドラムコントロール 上達へのもっとも堅実で確実なトレーニング本」を買った。まずは一から叩き方を直そうと。どういう身の振り方をしてどういう音を出しているか、一つずつ確認していく作業から必要だと思った。基礎を見直してから次に進みたい。

 

まずやったのは最初から動画を見ていくこと。

意外なもんで、キックで言えばヒールダウンのオープン奏法とダウン奏法の区別さえ知らなかった。誰にも習ったことがないというのはこういう時に恐ろしい。それすら認識してなくて良い音が出せる訳がないからだ。

 

あとはライドシンバルとフロアタムの叩き方。親指を上面に、H.H時と比べて手首を返すように叩くというのも知らなかった。力任せにただデカく叩こうとしてた。

 

こういう基礎部分が沢山出て来る。

 

一つ一つの音を丁寧に。かつ安定した太い音で出すこと。それを意識して練習を始めてみよう。今日からリスタートだ。

6月16日。

土曜の深夜の話だ。

 

貴方は何をしても中途半端で終わるよねという話になった。自分のことだ。

 

「これで良いや」って理想とする少し下のところで満足するような人生ばかりを過ごしてきた。それでいるから最高の理想を目指そうとすると必ず失敗してしまう。

 

大学受験、就活、資格試験、仕事、バンド、女。

 

居心地というのは二次曲線だ。長く居れば居るほど満足度は上がる。最初は不満や後悔、焦燥感が伴うが半年も経てばそれがいつの間にか普通の状態として常態化し、これで良いや、に落ち着く。

 

しかし、これで良いや、は、これで良いのか、にも転ずるが7〜8割は満足しているのでこれで良いのかは闇に葬る。

 

それが出来るのはそつなく何でもこなせるかなではないの?と指摘を受けたが、それは違って、器用貧乏なだけだ。つまりゼロからはじめて1とか2にすることは出来ても、10から100にどうやって飛躍させるか方法がわからない。嗜めるけれど達人にはなれてないということなのかも。

 

それでそことない安定を手に入れてきた。時々死ぬほど後悔したくなるけれど、平穏無事ならそれで良いかと。

 

でも、今選択したものだけに対しては妥協したくない。仕事もバンドも女も誇りを持ってやり通したい。多分これは意地だ。この意地だけは死ぬまで離せない。

 

落ち込んだ時はとにかく眠ればいい。

 

選んでいるようで選ばされているような人生はやっぱり良くない。偶然の出会いは大事だが自ら選ばなければならない時もある。

6月14日。

何かを喪った時にその何かを再び得ようと焦って行動してしまうのは精神病の一種だと聞いてぞっとした。

 

半年前にそんな行動ばかりしていたからだ。

 

何度もここに書いてることなので読み手も書き手の自分もほとほとうんざりするような話で恐縮だが、離婚して引っ越した直後には1人が寂しくて片っ端から誰かを探してた。根本的に1人で居ることが無理な性格だと再認識させられた。あの時の恐怖を思えば今は何となしに生きていれるが、実写版江國香織の小説みたいな人生はこりごりだと思った。

 

事実は小説より奇なりと言うが、そんな事実を自ら欲している訳ではない。そういう自分の中で大変な思いをした時期というのは後になって振り返ってみれば恥ずかしく笑い事でしかないが、その瞬間を生きている身とすれば正に地獄だ。

 

来週、会社の後輩が辞める。

 

可哀想なのか自業自得か、彼は仕事も女も同時に喪うことになった。

 

周囲は彼自身のせいだと思っているが、ということは半年前に自分に起きた負債も翻れば自分のせいなのだろうか。

 

医者の言うことすべてが適切だとは思わないが、きっと専門家でもない一般庶民よりは正解に近い指摘なのだろう。

 

私も普通ではない。

そう思う恐怖は計り知れない。