僕の日常

記憶はそれが起きた瞬間から時間が経てば経つほどに色あせていく。

 

だけれども日常は、仕事や、家族のあれこれや趣味やその他の色々な事への対応で時間が過ぎていき、気がつけば明日からまた新しい一週間を迎える日曜日の夜だけに、それまでの出来事を振り返られる時間を与えられる。

 

それまで何をしてきてどういう意味があったのか。

 

そんな事本当は考えなくても良いのかもしれないけれど、考えないとなんか落ち着かない。だから唯一日曜日に眠り眠って、目が覚めた夜にだけあれこれを振り返る。

 

仕事のこと。

 

9月末で上半期が終わって、10月から年度の折り返し。下半期が始まった。

 

営業ってのは全てを数字で管理される職種なので、もちろん成績も目標に定められた数字で管理される。

 

受注と売上。これが全て。

 

だけど、定量的に全てを判断できないのが人間の営みの難しいところであって、「こいつは出来るぞ」と思われるイメージを一度持ってしまうと多分に強い。これは学校でも職場でも同じことだ。自分がそういうイメージを持たれているかどうかは別として、そういう世の術みたいなものを念頭に置いて活動すると楽になったりする。

 

だから、精一杯頑張るのではなく、自分がちょうど良いと思えるくらいの位置付けである程度評価されるような見せ方をすること。ハッタリはいつかバレるかもしれないけれど、別にサボっているわけではない。自己管理の仕方だ。ある程度要領の世界なのだろう。何に優先順位をつけて日々を過ごすかと直結する。仕事はお金を稼ぐ手段であって目的でなはい。

 

さて、そんな上半期の成績はギリギリのところでイーブン。なので、±0。

よくもないし、悪くもない。

じゃあ下半期の見通しはというと、おそらく成績が下がる。

これは営業努力がどうということではなく、自分が担当しているユーザの金使いに影響する。

つまり、自分のお客さんは今期資金繰りが大変でお金を使わない。でも担当が増えるとかそういう問題ではないので、今まで通り頑張ってもおそらく成績は上がらない。じゃあ今まで以上に頑張ったら成績が上がるかと言えば、残業時間に比例した給料が微増するだけ。

 

その微増する給料を狙いに行くのか。

それとも割り切ってその時間を別のことに使うのか。

これも何に優先順位をつけて生活するかという問題と同じだ。

 

仕事はあくまでも仕事なのだ。こういうこと、なぜ誰も学生時代に教えてくれないのだろう。生き方は主体的に学んで行くしかない。

 

バンドのこと。

 

10月で5本のライブをした。

5日の渋谷O-CRESTにはじまり、10日のCLUB251、12日のZher The Zoo、21日のJAM、そして25日のDaisyBar。

 

平日は仕事終わりにライブハウスに直行するのでリハが出来ない。

最も重要なのはリハが出来なくても本番にライブのテンションに持って行く段取りをルーティン化出来るかどうかだと思っている。

 

残念ながら、まだそのルーティン化を安定させるには経験が足りない。

 

ライブハウスによって置いてあるドラムの音も違えば、響くハコの容積も違う。1回出たことある場所ならまだしも、初めてで直行するのはそれなりにリスクあるということも学んだ。Zher The ZooとJAM以外はドラムで出演するのは初めてだったので、事前に別のバンドのライブを観に行っておけばよかったと反省した。そうしたらリハがなくてもある程度音の感じが掴めたかもしれない。

 

11月以降も年末まで週1ペースでライブは続いて行く。

だから、ライブハウスの下見とか事前の集客とか本番までのテンションの作り方とか、自分たちがライブしやすい環境と外部から観た時の印象の良さみたいなものをどうやって醸成していくか考えることが今後の課題なのかな、とぼんやり思った。明日からでも取り組めることはあるはずなので、少しずつ、一歩ずつ考えて試していこうと思う。

 

家族のこと。

 

母方の88歳になるじいさんが緩和ケア病棟へ入院した。

前々から自宅での介護はそろそろ厳しいと主治医には言われていたのだけれど、やはり限界がきたようで、10月の頭に一般病棟に入院、ただ具体的な治療法がないので一般病棟ではなく緩和ケア病棟への移動を勧められていた。

 

緩和ケア病棟というのは病院なのだけれど治療はせず、文字通りどうやって患者が普段通りの生活が出来るように痛みだったりの「辛さ」を緩和するかに特化した病棟で、入院するには家族含めた面談が必要とのこと。

 

入院するのに面談が必要というのも不思議な話だが、非効率の極みである病院の世界だし、高齢化で受け入れ数が増えている割に病院の規模は変わっていないので仕方ないのだろう。カードを買わないと見れないテレビ、手書きの入院事務処理、病気で弱っているのに何時間も待たされる診察のシステム。これから20−30年で最も効率化が進むのは医療分野の世界なんだろなと痛感させられる。

 

それでもじいさんの病状を慮ってくれたのか、無事に先週入院出来る緩和ケア病棟が見つかった。とても安心した。

 

こういう出来事を経験すると痛感する死に対する準備の重要さ。そして家族という存在。

 

親が身を以って子に示せる最期の教育が、死の迎え方らしい。

自分があと何年生きれるのかはわからないけれども。死を迎える時くらい誰にも迷惑をかけずひっそりと迎えたいと感じた。人生とは儚いものなのだ。

 

ブログのこと

 

もっと日々のあれこれを書いていきたい。

10月だけで鑑みたっていろんなことをしている。

 

ドラムのスティックを選び直したこととか、練習方法についてとか。レオニダとは別のバンドのこととか。

ブレードランナーを観に行ったこととかサラバを読み始めたこととか。

弁当に切り替えたいけれど準備が出来ずうじうじしていることとか。銀座に懐石料理食べに行ったこととか会社の金巻き上げて渋谷で食った馬肉がすごく美味しかったこととか。営業の師匠と恒例の飲み会を開催してバブル世代とのギャップを感じたこととか。

 

そして新しく聞いた音楽のこととか。改めて聞き直した音楽のこととか。

 

 

そうやって後悔と是正を繰り返し、日々の生活は続いていく。