祖父との別れ

やっとすべてが終わった。

 

母方の祖父が亡くなった。

1929年生まれ。88歳。大往生だったと思う。

 

 

食道癌だと判明したのは5年ほど前。

 

当時でも年齢が80代。

 

体力的に切除は難しいだろうということで放射線治療を施し、ここ数年は癌の進行も遅く、元気に過ごしていたのだけれど。年齢的なものだろうか。徐々に歩くのが辛くなり、会話のキャッチボールが噛み合わなくなり、体力も弱まり。。。介護が必要だというきっかけになったのが、今年の8月。

 

お盆休みなので一人暮らしの祖父の家に遊びに行き玄関のドアを開けてもらったら、下着のまま頭から血を流して突っ立ていた。

 

どうやら立つのが辛く転倒した拍子に後頭部を打ったようで、そこから大量に出血してしまい、フローリングの床は大量の血で赤く染まってしまっていた。

 

それでも本人はなぜ自分が血で汚れてしまっているのか気付いていない様子で、「なんか汚れてんだよ。洗わないといけねぇんだよ」と言いながらで突っ立っていた。

 

あまりの出血の多さに救急車を呼び病院へ搬送させた。

 

あれから母に介護してもらっていた祖父の眼は、次第に子供のように無垢でまん丸になり、痴呆にも似た譫妄が酷くなっていった。そして食事をするのが難しくなって、終いには胸が苦しくなる事が多くなり入院。そのまま点滴だけの生活が2週間程続き、10月後半から緩和ケア病棟へ異動していた。

 

最期まで意識ははっきりしていたけれど、食事を摂れなくなってからは日に日に衰弱していくのが見て理解できた。

 

 

高校生で父を亡くした自分にとってみれば、祖父はいつの間にか父親代わりのような存在になっていた。

 

実家が金銭的にちょっと(いや、大分か)裕福ではないという事もあったのだけれど、父が亡くなる前後くらいから、様々な相談はすべて祖父にしていた。

 

トランペットを始めたいと思ったとき。ピアノやギターを始めたとき。

高校受験に合格した時や大学卒業したとき。

就職する前にふらっと国内を放浪しようとしたとき。

そして就職した後や結婚した後。

 

祖父はいつも、「おぉ。元気か」「そうか、悪ぃな」と言って自分を、自分らを迎え入れていた。

 

母子家庭で、母、弟との3人構成だった家族はいつの間にか4人構成になっていた。

 

動物園、釣り、学校の運動会、相撲の観覧、生まれ育った下町散歩。本当に自分が小さな頃から色々なところへ一緒に遊びに行っていた。

 

父が亡くなったとき、まだ幼かったという事もあるかもしれないけれども、今回ほどリアルに「死」を実感出来なかった。しかし、今回は死による別れをリアルに実感した。これが今生の別れだと祖父が息を引き取った瞬間、そして告別式で棺に花を添えた瞬間に感覚が全身を駆け巡った。

 

そう、祖父は死んだのだ。

 

それまで殆ど意識のなかった祖父が、病室で親族に看取られ、息を引き取る最期の瞬間に眼をカッと開いてそのまま冷たくなっていったその様子はまさに息を引き取るのはこういう事なんだと、遺された者に教えてくれているようだった。

 

祖父の死は同時に様々なきっかけも与えてくれた。

 

長年会えていなかった、連絡も取れていなかった親戚・母の友人に病院への見舞や葬儀を通じて久々に再会する事ができた。

 

自分が生まれる前の色々な出来事、写真を参列者と酒を飲んでいる中で聞く事・見る事が出来たし、それは初めて知った内容が大半だった。勿論、驚いた内容も幾つかあった。

 

そして一人の人間が死去した場合の法的な手続きの煩雑さ、亡くなってから葬儀を完遂するまでの一連のフロー、相続のゴタゴタ。祖父の子ども・・・つまりうちの母も含むのだけれど・・・がしっかりしていないせいもあり、大半の処理を自分たち孫兄弟でやった結果、世間一般の同世代の人たちが経験出来ないような重要な事柄をこの年齢で早くも体感する事が出来た。

 

死に関するあれこれは親が子に身を以て教える最後の教育だというが、それを実の親ではなく、祖父から教えてもらえた結果となった。その分仕事もバンド関連も、多くの人に迷惑をかけてしまったけれども、今日で一通りの区切りがついた。来週以降、普段の生活に戻る中で挽回していきたい。申し訳なかった。

 

 

祖父が最期を迎えるまでの約半日。体温を39度まで上げて呼吸していた際の身体が燃焼する匂い。

 

死を迎えた直後の枯れた樹木のような匂い。

 

そして火葬場へ到着し、棺が燃やされたときの独特の臭いは一生忘れないだろう。

 

父の最期と同じあの匂い。

 

それは命が燃え、燃え尽き、そして焼かれる事を現していたのだと思う。

 

 

祖父が居なくなってしまった家は広々とし、そして随分と殺風景になってしまった。でも失ったものだけではない。死をきっかけに得たものも多い。

 

そうやって人は、次の世代に繋いでいくのかもしれない。

今日も、明日も、明後日も生きていく。

 

今まで本当にありがとう。

 

そして。さようなら。じいちゃん。

 

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