THE YELLOW MONKEY SUPER

撮り貯めてたイエモンの特番を観た。

 

再結成したTHE YELLOW MONKEY SUPER.

 

バンド名に「SUPER」と付けてしまうところが90Sのバンドぽくていい。

 

シングルカットされてるようなメジャーどころの曲は、それこそ小学生の頃からMステやCDTV、うたばんとか当時の潤ってた音楽番組でよく観てたし、特に楽園とかSPARKとか球根なんてめちゃくちゃ好きで、何十年となくカラオケでも歌い続けてても未だ飽きない。

 

決定的に吉井和哉の歌が好きになったのは、イエモンが活動休止して、YOSHI LOVINSON名義で「TALI」を出した時だった。

 

高3で、受験勉強期だけど、それまでの高校生活を堕落と怠惰で何一つ有意義な事をして来なかった為に(勉強が有意義かって疑問はあるけど、少なくともいい大学に進むという理由では有意義だ)、全然勉強も追っついて来なくて、彼女もいないし、友だちもいるんだかいないんだかよく分からんし、お金もないし、かと言って他にする事がある訳でもなく、受験生だから当たり前なのだけど、それでもせこせこと勉強しつつ、勉強から逃避しつつを繰り返してた日々で、TALIのPVを、確かJAPAN COUNTDOWNだったと思うのだけれど、真っ白な画面に一本の線が女の人や戦車や地平線や太陽を描いて、それが反転して黒くなってっいう、とにかくモノクロな絵のバックにして、「西日で部屋の全部がオレンジ色になっちゃって。未来がぼんやりでも、怯えることなど何もない」ってあの歌詞が突き刺さってきて、ホント、突き刺さったんですよね、あん時は。それで、あぁ、こんなにも今の絶望や寂しさを音楽で表してくれてる人はいないんじゃないかってくらい、的確に突き刺してくれたことを、鮮明に覚えてます。あれは忘れませんね。

 

https://youtu.be/wBd9DvczI4Y

 

その次の「CALL ME」ってシングルもこれまた曲調からしてめちゃくちゃ暗かったのを覚えているのだけれど、それよりこの「TALI」のBPM120位の普通のテンポとAm-C-Dm-Fっていういわゆるよくある歌謡曲の進行で、なんでここまで物哀しい曲書けんねん、ていう衝撃が凄かった。

 

そこから、吉井和哉のソロは出る毎に聴いてたし、もう後半なんか、「オレ、ずっと絶望しちゃってるんですよね、ははは」って半ば自虐を笑いに変えたような曲歌ってたのも好きだったし。それで去年、イエモンが復活して、会社の知り合いに横浜アリーナのライブに連れてってもらったら完全にアウトでした。

 

去年、独りで1週間くらい、スペインとイタリアをふらふら旅行したんだけど、英語は通じないし、誰と喋る訳でもないから、ずーっとイエモンのベストを聴きながら市内を歩き回ってまわってました。

 

ローマでツアーに申し込んだはいいけど、誤ってホテルに戻るバスを途中で降りてしまって、終電もタクシーも捕まらないから、2時間くらいかけて、繁華街から全く明かりが灯ってない世界遺産を抜けてホテルまでとぼとぼと歩いて帰った時も、イヤホンの中では「天国旅行」がエンドレスで流れてて、なんで日本から遠く離れた世界の片隅で、オレはイタリアじゃあ誰も知らないロックスターが作った入水自殺の曲を聴きながら迷子になってるんだ、と、わざわざ日本から何千キロも離れた地で孤独を感じてた事も今じゃいい思い出です。

 

ピースの又吉も何かで書いてたけど、あの時代、90年代で、詞が突き刺さってきてティーンの心を揺さぶったバンドって、ブランキーとミッシェルとイエモンだと勝手に思ってるんだけど、前者2バンドは不良がベースで、イエモンは引きこもりな所が決定的に違う所だし、だから一番好きなんだ。

 

真っ暗な台所で開けた冷蔵庫の白い明かりで照らされた自分が、冷蔵庫の上に置いてある電子レンジに写って見えた時のあの薄暗い顔。あれこそが象徴な気がしてならない。外じゃない。部屋の中なんだよね。

 

特番を観て、吉井和哉への、イエモンへの気持ちをぐわあぁっと思い出してしまって、いつ映画館へオトトキを観に行こうか。12/10の東京ドームのチケットがまだ取れないか。風邪はまだ治ってないのに、気持ちだけがどんどん前に向かっていってしまって、あぁ、やっぱり音楽が好きで良かったなと、布団の中で今日も思った。

 

明後日は新宿Motionでライブです。