悪人正機

 

悪人正機 (新潮文庫)

悪人正機 (新潮文庫)

 

 
新年から幸先の良い本に出会えた。

 

神保町で立ち寄ったビレバンで偶然見つけた。「生きる」「友だち」「挫折」「戦争」「お金」など、根源的な問いを糸井重里吉本隆明に対して行い、その応えを糸井が纏めたであろう作品。吉本の応えも明瞭で、一言で表すならば、「気楽に行こうぜ」ってことなのだが、それを読者に解りやすい文章で表現している糸井重里も凄い。言葉がすーっと入ってきて理解を助けてくれるのはさすが。これだけ根本的な事を書いているのに中学生でも分かるくらい簡素で的確な表現にしている。

 

本当はすべての章に対して色々考えるところはあるけれども、特に印象深かったのは、「仕事」「正義」「素質」「言葉」の4つ。

 

「仕事」では働くのがいいなんてそれはウソで、理想は子どもの生活。1日24時間全部遊び。生活イコール遊びがベストだと解き、「正義」では自分だけがストイックな方向に突き進んでいく分には構わないが、他人がそうじゃないことが拡大する事で不満が募るのが良くない。だから正義の押し付けはダメで、心には遊びの部分、つまり余裕が必要だと語る。

 

「素質」ではちょっと得意だと思った事は才能や素質関係なく、10年間毎日少しずつでも続ければモノになると諭し、「言葉」の章では言葉は偶然に当てはまったものがたまたま長い間使われているだけだから根拠がなく、それは子どもが産まれた事と親が子を産んだ事に対する根拠の無さと同じだと言う。

 

もっともっと選びたいけれど、純粋にこの本を手に取って一見軽いような重みを体感した方が絶対に良い。ズンッと入ってくるから。

 

こう考えると、日本人はつくづく糞真面目で何かにつけてハードルを高く設定しがちな人々の集まりだと痛感させられる。

 

仕事をしていても、無理だと断ったり、相談ベースで持っていけばいくらでもやりようがある事を、極限まで悩んで、時間が足らなくなって結局中途半端になって、それでまた怒られて病んで、睡眠薬やら精神安定剤を飲みながら仕事を続けている同僚のおじさんとかを見ていると、あぁ、プライドが邪魔してダメな方にしか流れてないし、こういう硬直的な考えしか認めなかった社会が悪いんだろうなと思ってしまう。それか病んでる自分に酔っているのか。何れにしても健全ではない。

 

多分、昔から責任感が強いんだろう。僕らは。だから親鸞悪人正機説なんか唱えて、少しは気楽にやってこうぜって事で悪い行いしてても救われると、庶民に気を遣ってくれたのだ。

 

それともう1つ。

どんなに面白くないと言われようと、自分が楽しいと思ったら10年は続けてみようという自信が湧いた。毎日そこそこの頑張りで10年。2027年までこのブログは続けられるだろうか。タモさんがいいともを続けたように。

 

バンドじゃないんかい。

 

 

この本は手軽にポケットにでも忍ばせておいて、ふと立ち止まった時に読み返したくなるような一冊だ。昔であれば、生きるのに悩んだ時に長老や師匠と呼べる人に指南を乞うような。

 

気楽に行こう。

気楽に殺ろう。

 

この後もどこかでまた、たびたび引用するかもしれない。