南阿佐ヶ谷の風景

区役所に用事があり、久々に南阿佐ヶ谷を訪れた。12月のことである。

 

丸ノ内線の西外れのこの駅。当時同棲していた彼女に実家に帰られてしまい、事実上、はじめて「独り暮らし」を始めた思い出の地である。青梅街道から小道に入り善福寺川杉並高校に挟まれた少しハイソな住宅街のアパートに結局二年近く住んだ。

 

阿佐ヶ谷という駅は不思議な土地で「ハイソ」という言葉が似合った。高円寺がパンク野郎とタトゥーマニアによるバンドマンのスラム街、中野が役者・オタク・芸人のサブカル飲屋街だとすれば、やっぱり阿佐ヶ谷はどこか上品。中杉通りの並木道も、パール商店街の日本酒バルもどこか閑静で小綺麗にまとまっている気がした。

 

だけれどもいくら阿佐ヶ谷とはいえ、そこは杉並区。西荻窪と高円寺・中野に挟まれたこの街には少しマニアックで、でも決して取っ付き辛くないお店が何軒かあった。

 

そのうちの一つが南阿佐ヶ谷駅を出てすぐ脇。靴流通センターの看板が目印のビルに入っていた書原書店だった。

 

一応チェーン店のこの本屋は、他の書店とは少し違った。雑多に積まれた何年か前の新書。新刊なのに推す訳でもない独自の品揃え。そして単行本を包装した透明なビニールにうっすらと積もったホコリ。本を手に取った瞬間に感じるあのザラっとした汚れは、小さい頃にはまだあった地元の小さい商店街の本屋の、マンガの新刊を買いに行った時の懐かしさをどこかで彷彿とさせた。90年代前半までは、まだそういう自営業の小さい本屋がたくさんあった。

 

この書原書店では、中央線沿線の古い駅を掲載された写真集や東京の坂道ばかり集めた解説本、はたまた持家を買うなという論書や正しい奴隷の扱い方まで、なんでこのラインナップなんだという面陳本をよく立ち読みしに出掛けた。

 

王道コースはこうだった。

他の書店で買おうと思っていた本を自力で探そうと棚を端から調べていく。しかし、少々マニアックな品揃えをするこの書店は、買おうと目当てにしていた本はまぁ見つからない。併せて棚も継ぎ足して書籍を並べている店内は少々迷路チックになっている節もあり、段々と探すものが当初の目的から逸れて行き、気付くと全然関係の無い本を立ち読みしている。だがこの全然関係ない本に出逢えるのが楽しく、そうやって書店内を何周かした挙句に1,2冊を購入し、隣のセブンイレブンか下のミニストップで酒とツマミを買う(余談だがこのミニストップはブレイク前の爆笑問題、田中がシフトリーダをしてたことでも有名なコンビニだった)。家に戻り敷きっぱなしの煎餅布団を畳んで枕代わりにし寝そべりながらダラダラと本を読み、酒と活字の良いバランスをネタにいつのまにか眠りに耽り、気付くと夜になっているパターンだった。あの書店には随分と救われた。

 

それが、久々に訪れた南阿佐ヶ谷で、書原書店は靴流通センターのビルごと無くなっていたのである。古い建物だったから解体する事になったのだろう。調べてみると17年2月に閉店していた。

 

もし知っていたら、最後にもう一度書店内を徘徊したかった。非常に残念だ。南阿佐ヶ谷から引っ越してわずかに3ヶ月後の閉店だった。

 

ネットニュースにもなっていたようで。

阿佐ヶ谷で50年! 地元に愛された本屋「書原」ついに閉店...今までありがとう(全文表示) - ニュース - Jタウンネット 東京都

 

記事を読むと50年も変わらず営業していたようである。本当にお疲れさまである。

 

 

本屋がある駅にはとにかく救われてきた。

実家を出て最初に住んだ中野坂上も、今住んでいる高円寺にも、そして南阿佐ヶ谷にも、中規模のそれなりに楽しめる本屋が駅前にあった。

 

せめてビルが取り壊される前に、外観だけでも写メに残しておきたかった。物も人も無くなってはじめてその存在の価値に気付くなんて人生で何度も経験してきたはずなのにね。

 

他にも、数々の日本酒を取り揃えた居酒屋「青天井」、一口サイズの鉄板餃子がとても美味しい「なかよし」、絶品のウニクリームパスタと店外でキャッチするお姉さんがとても美人だった「タヴェルナ・ラ・ベルテスカ」、そして何故か中古の楽器を扱う「LAST GUITER」と、不思議でこじんまりしてて、だけどどこか魅力的なお店がたくさんあった。

 

暖かくなったら今度は散歩しに出掛けてみよう。歩いて家から歩いて30〜40分、走って20分。悪くはない距離だ。