億劫と面倒。

終電を逃した。

 

新宿や渋谷ならタクシーに乗ってでも帰ろうと思えるのだが、横浜となるとそんな意欲さえ湧いてこない。ひたすら受け身に朝を待つ事になるのだけれど、マンガ喫茶のリクライニングチェアーは腰に響く。せめてコンタクトの洗浄液くらい買って入店すれば良かったなと後悔するも、眠気と外に出た時の寒さが億劫でそのまま寝てしまう。

 

億劫と面倒。なんと都合の良い言葉だろうか。

世の中の大半の事象はこの二つの言葉で回避出来る。唯一回避出来ないのは他人と会う約束事くらいだろうか。

 

「明日、予定ある?もし無いなら会わない?」

「ごめん。予定ないけど億劫だから辞めさせて」「面倒だからいいや」と回避出来たらどれだけ楽だろうか。そんな事してたらいつのまにか誰も声をかけてくれなくなる。だから億劫で面倒だけど、都合の良い言い訳を考える。言い訳された相手はその断った理由を勝手に推察して、あぁ、自分と会うのは億劫で面倒だから適当に理由をつけて断ったんだろうな、とがっかりする。だけどそんな事いちいち考えてたら何も回らないので、面倒な事は極力考えず、思考をストップさせて、「そっか、大変だね」とか「忙しいの?大丈夫?また今度ね」という定型文で回答し、自分が嫌がられているということだけ心に残す。既にこの文章自体が面倒くさい奴のようになってきた。そもそも億劫で面倒と思うという事は、やろうとしてる事柄に関心がないか、好きではないか、どちらかなのだろう。

 

「早死にしそうですよね」と、ここ2,3ヶ月の間に複数人から同じ事を言われた。顔に死相でも出ているのだろうか。

 

この面倒な推察ごっこを永遠と繰り返している間に寿命なんてあっという間に過ぎてしまいそうだ。

 

人より少ないであろうと予測される人生を無駄遣いしないように、まずは一刻も早く家に帰ろう。