他人の顔 -尊厳の喪失は顔のせい?

 

他人の顔 (新潮文庫)

他人の顔 (新潮文庫)

 

 安部公房を読もうキャンペーンの第二弾。なんでも、全盛期の三作品は「失踪三部作」と呼ばれているそうで、前回読んだ「砂の女」に続き、今回の「他人の顔」はその二作目に当たるらしい。ちなみに三作目は「燃えつきた地図」という作品。

 

話を戻して、「他人の顔」である。

 

話は至ってシンプル。研究職に就く主人公の顔は薬品でケロイド状態になった事から、社会での尊厳を失ってしまう。その影響は妻にまで及び性の対象として遮断されてしまう。そこで主人公はケロイドの顔を隠すための「完璧な仮面」を作り、妻の誘惑を試みるが、妻は果たして誰に惹かれていくのか。。。

 

主人公の悶々とした葛藤は「砂の女」よりも更に増え、物語がシンプルな分、全体の2/3は心の中の葛藤の描写が占める。愚痴と葛藤をぶつぶつと繰り返す表現が余りにも多く、終盤では最早一周回って、悶々としているにも関わらず、逆に笑ってしまうような不可解な妄想にまで発展してしまっている。どうやって物語を完結させるのだろうかと思っていたら、顔という見た目にのみコンプレックスを抱き翻弄されていた男は、結局全てを見透かされ、妻の掌でじたばたしていたに過ぎなかった。

 

顔っていうのは残酷な象徴で、小説内の表現を借りれば、「顔に価値規準などなく、あるのは快と不快だけであり、選択の規準はあくまでも好みの洗練によって培われている」。だから努力が及ばず、結局は合理的な良いか悪いかで判断される事なく、何をどう尽力しようが関係のない、でも物凄く重要なファクターを占めてしまう何とも嫌な側面を備えてしまっている。

 

はっきり行ってその差を歴然と見せつけられて来た側からすれば嫌で嫌で仕方がない。誇れるようなルックスではないからね。

 

だから主人公は合理的な努力によってマイナスをリセットする為にケロイドの顔を理想の仮面を作って覆い、拒絶された妻を誘惑しにかかるのだけど、妻にとってみれば全てお見通しで単なる遊戯でしかなかった点に男の儚さがまた垣間見えるのが残念だ。

 

男は首輪をつけられ、檻から尻を叩かれ働きに出て一定の小遣いしか貰えていないにも関わらず、関係を持った人数や引っ掛けて一夜を共にした女との話をさも武勇伝がって誇らしげに語ることだけでしか自意識を保てていない。悲しいかな、世間体と見栄でしか生きていないのが男なのだ。

 

男はいくら足掻いても女には勝てないようで。

 

「いくらおまえの偽善を引き剥がしても、おまえの仮面は千枚張りで、後から後から、新しい仮面が現れるのに、僕の仮面は一枚きり、後には並みの素顔一枚残りはしないのだ」

 

それくらい、女の方が上手だ。

 

また、男が更に辛いところは、尻を叩かれ働く他にも同時に性の魅力を保っていなければならない点だろう。

 

「愛というものは、互いに仮面を剥がしっこすることで、そのためにも、愛する者のために、仮面をかぶる努力をしなければならないのだと。仮面が無ければ、それを剥がすたのしみもないわけですからね」

 

結婚したもの同士がいつしか家族になった時点で性の魅力は反比例するように色褪せ失われてしまうのだから、生活においても性においても男は一生檻から出る事は難しそうだ。

 

ただ一つ、離婚というリセットボタンを除いては。