新年度。

4月は1年の始まり。日本企業は大体そう。日本の学校と一緒。

 

4月に1年の目標を立てて、その進捗を3ヶ月に1回ずつ振り返っていく。


4月から9月が上半期。10月から3月までが下半期。

 

3学期制だった学校も、今では上半期・下半期の2期制が増えているという。試験の数が少ないから羨ましい。

 

 

会社の目標は数字のなすり付け合いから始まる。

 

いかに自分を低く見せ、相手を持ち上げて数字を高く積んでもらう。


年々、老いに比例して卑下のスキルも高まっていく。

 

しまいにゴマの擦り合いも話が発散し尽くし、誰も喋らなくなる。

 


沈黙。

 

沈黙。

 

沈黙の後に上司が数字を割り振って終了。

 

このような目標の決め方は現場、中間管理職、経営層、グループ会社、自治体、どこに行っても変わらないのだろうか。

 

映画『シン・ゴジラ』の意思決定プロセスを観るとよくわかる。


あぁ、これが日本なのだな、と。

 

そういえば、大日本帝国が太平洋戦争に踏み切ってしまった時、その決定を促したのは誰でもない、漠然とした世論だったと本で読んだ事がある。

 

当時はみんな戦争を望んでいた、らしい。ような、空気だったと。

 

「空気を読む」を英語で「Reading the Air」と訳しても決して意味は通じないだろう。

 

夏目漱石は「I Love you」を「月が綺麗ですね」と意訳した。


意訳はセンスを問われる。

 

70年代の洋楽の邦題はセンスの塊だ。

 

KISSに「I WANT YOU」という曲がある。
この邦題を「いかすぜあの娘」と訳せるセンスは現代では死んでいるだろう。

 

Queenの「Keep Yourself Alive」も「炎のロックンロール」と和訳されている。全く意味不明だ。

 

話がそれた。

 

もし空気を読む習慣が無ければ、それは自分の性格にどういう影響を与えていただろう。


空気を読むから自分を卑下する文化が定着したのだろうな。

 

名刺交換の時、お互いが自分の名刺を下にしようとし過ぎて、大の大人が腰だけ妙にひん曲がっている姿勢は滑稽だ。

 

せめて胸くらい張って日々生きていきたいと思う。


仕事の目標は低いに越したことはないけれど。