5月4日。

1週間の休暇でわかったこと。それは「人が居れば家は散らかる」ということだった。

 

日常の平日。

驚くほど我が家には人が居ない。朝の1時間と夜の1時間。この2点をピークとした後、寝てるか外出しているかが4月1ヶ月のライフスタイルだった。

 

その為か、床に散らばるゴミの中で最も多い割合を占める髪の毛の量が少なかった。不思議なことに髪の毛だけではなく、裸足でフローリングを歩いても妙にピカピカとしている。人が居ないと埃すら溜まらないのだろうか。

 

しかし、生活感に溢れた家では4月の静寂を挽回するごとくゴミに溢れた。床だけではない。あらゆる場所を生活感が侵食し、テーブルの上の食器とDVD、無作為に置かれた小銭とカードとレシート。そしてお菓子と軽食のゴミ。人が暮らすってことは家を汚すということ。片付け終わった後のがらんとした部屋に妙なよそよそしさを感じるのは生活臭のする物が近くに無くなってしまったからだろう。

 

昨日の高校時代の友人に会った時、「お互いが家に居なさ過ぎるから全く家が汚れないんだよね」と話したら明らかに引かれてしまっていた。言っては不味かったのだろうか。その分、ゴールデンウィークは凄く汚れたのよねとも言う必要もないが。

 

ゴールデンウィークが明けたら夏が始まるので、掃除機をかけたついでに納戸から扇風機を出して組み立てた。6年くらい前だろうか。嫁のお母さんが買ってくれた扇風機。嫁が出て行った時も夏は俺が独占してた。

 

ベランダに通じる窓を開け、入ってくる風の向きに合わせて扇風機を置くとクーラーが無くても涼しさを感じられる。ちょっと外出して、むっとした室内に帰って来ても扇風機があれば多少はなんとかなる。蚊取り線香の匂いも近所の家の晩御飯の匂いも、さまざまな匂いが風と共に窓から入ってくる。そして洗濯物を取り込む。今日も1日が終わるのだ。