深夜特急 読了

インスタグラムのアカウントに掲載した通り、ようやく「深夜特急」を読み終えた。

 

https://www.instagram.com/p/BiWyQuIBcnN/

予定通り、休み中に#深夜特急 を読了。もっと早く終わるはずが1ヶ月近くかかってしまった。アジアからヨーロッパへ。香港〜インドからシルクロード、トルコ・ギリシャ・イタリア・スペイン、そしてロンドンへ。煌めく旅をした気分に浸れる素敵な本。4〜5年に一度の頻度で再読してるから、次回は2023年頃だろうか。また思い立ったら読み直そう。#読書記録 #沢木耕太郎

 

3月の後半から思い立って1ヶ月ちょい。当初はゴールデンウィーク前に読み終えて、休暇に入ったら違う本をと思っていたのだけど、あまり時間が取れなかったせいもあり、かなりギリギリのタイミングになってしまった。本を読むのは遅くはない方だとは思うけれど、あれだけ読みやすい本でも6冊もあるとそこそこ時間を取ってしまうものだね。

 

5巻ではアジアからヨーロッパへ、トルコからギリシャへ抜け、最終巻ではイタリア〜スペイン、ポルトガルイベリア半島を抜けてパリを経由し最終目的地であるロンドンへと入っていった。旅の過程を書いた本は、読み進めるとどことなくRPGをやっているのと同じ感覚になる。紙をめくる度に経験値が増え、ページ数の増加が読み進めて来たぞという知識の蓄積と重みを与えてくれる。収集癖があるのだろうか。そうやって何かをコツコツと貯めていくのは嫌いではない。貯めてきた物を見返した時、これだけやってきたんだなという充実感を得れる。質より量。まだ大量生産の時代の考え方から抜けられていないのかもしれない。ポップアートが好きだし、仕方ないか。

 

旅は後半になるにつれ、どんどんと「当たり前」になっていく。最初はどんな些細なことが起こってもイベントに心を躍らせていたはずが、新鮮味がなくなり、同じことの繰り返しになっていく。そして感じる虚無感と孤独。半年以上も旅を続けていれば、どんな状況にもある程度慣れてしまう。この状況を筆者は「旅の青年期の終わり」と表現していた。

 

旅がもし本当に人生に似ているものなら、旅には旅の生涯というものがあるのかもしれない。人の一生に幼年期があり、少年期があり、青年期があり、壮年期があり、老年期があるように、長い旅にもそれに似た移り変わりがあるのかもしれない。(P198)

 

つまり、ある程度のことが当たり前になり、好奇心が摩耗され新鮮味がない状況は、人生で例えれば思春期である青年期を超えたあたりに位置する。逆を言えば、それだけ旅は円熟味を増してきたのだろうけれど、好奇心がなくなり、どんな物事に対しても無関心な旅はどこか味気なく、物哀しさだけが残ってしまう。生きてるだけの抜け殻だ。

 

旅する事が心から好きなのか。

 

この状態になってから初めて、本質的な好き嫌い、合う合わないが認知出来る気がしている。趣味に対しても、人に対しても。

 

だけれども筆者は「異国をわかろうとすればするほどわからなくなる」とも書いていた。「わかっていることは、わからないということだけ」。

 

これだけ旅を続けて、旅に飽き始めているにも関わらず、理解したはずが理解出来ず、ゴールが近づくにつれ筆者は旅に何を見出すのか。ぼおっとしたような旅の過程が帰結しそうでしない最後は、その気まぐれもまた人生なのだろうなと思ってしまった。熱中と退屈。上昇の下降の無限ループ。それが人生なのかな。

 

本も同じ。

再読したくなったから読んだけど、一度読んだらまた暫くは読まなくていいかなって。だけど、また4〜5年して、あそこはどういう流れだったっけ?と、ストーリーの委細を忘れかかってきた頃にまた無性に読みたくなってくるのだろう。こうやって何度も再読したくなる本こそ、自分に合った本なのだろうね。

 

深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海 (新潮文庫)

深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海 (新潮文庫)

 
深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)

深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)

 

お疲れさまでした。

さて、次は一体何を読もうか。また家の本棚を覗いて、懐かしい本に舌鼓を打つとしようか。