西永福散歩

移転した西永福JAMへ行く為に高円寺からずっと南に向かって歩いた。

 

井の頭線と並行に走る井の頭通りはよく慣れ親しんだ道である。幼少期には永福町に父方の祖父母と従兄弟が住んでいた。彼等の家を訪ねる為、月に一度、父の車で吉祥寺から井の頭を突き抜け永福町の駅まで向かう。高井戸付近には遊具を備えたマクドナルドがあり、よくドライブスルーでチーズバーガーを買って食べた。都市部にはないドナルドの顔が付いたすべり台やグリマスやハンバーグラーと乗るブランコ。小金井街道新青梅街道でも見かけたあの昔ながらのマクドナルドは今もまだあるのだろうか。

 

高円寺から井の頭通りに出るには徒歩で30分弱。坂を登り真っ直ぐ南へ向かうと大宮八幡が見えてくる。ちょうど永福町と西永福の間。実は西永福にも散歩したい場所があった。JAMが西永福に移転しなければきっと二度と西永福なんて訪れなかっただろう。

 

西永福駅を降り、井の頭通りを渡ってちょうど大宮八幡とのあいだは閑静な住宅街で、且つ高級住宅地でもある。なんせ一軒一軒の敷地がデカい。大きな土地に大きな家を建てるからか、余った敷地にアパートを建て、賃貸している世帯も多いようだ。その中にバブル期に建てたであろうコンクリートの打ちっ放しに二階まで吹き抜けている外観。ドラマ「抱きしめたい!」でW浅野が住んでそうなそのアパートには、大学当時に付き合っていた彼女が住んでいた。「一人暮らしだから」というどうしようもない理由で付き合った彼女。結局、大学卒業間際まで3年半付き合っていた。西永福のアパートには大学3年の後半まで住んでいたので、2年近く通ったことになる。この2年間だけは実家より多く居着いていた。

 

もう別れたのも10年も前の事だし、連絡も取ってないから、その後どうなったかは知らないし未練も全く無いのだが、大学時代の思い出の大半が彼女だったので、別れた時には大学時代の思い出共有出来る人が誰も居ないじゃん、と茫然とした記憶がある。どうせ西永福へ行くのなら10年振りに当時通った道並みを散歩してみよう、ただそれだけだった。

 

しかしまぁ、10年も経ったのだから色々変わっているんだろうなと思っていたのだが、何も変わってなかった。渋谷のセンター街以外では殆ど見た事ないファミレス形態の不二家も、井の頭通り沿いのサミットも、そして居酒屋すらない駅前の商店街も、何も。唯一あるすき家と三崎丸もそのままだった。変わったのは駅のホームへ行くのにエスカレーターを一度上がることだけ。駅の中にテナントが入れるよう改築した為だ。

 

あの3年半。一体自分は何をしてたのだろうか。バイトもあまりしてなかったから金もなく、外に出ると金を使うから大半は家で過ごしてた。夏休みはクーラーとプレイステーションのスイッチは付けっ放し。昼は暑いので大概は寝て過ごし、夜はコンビニへ行くか彼女の家に行くか。その二択しかなかった。そんな彼女の家にでさえ、着替えとファミコンの本体を置かせてもらって暇を潰してた。だから、西永福の道並みはいつも夜のイメージ。夕飯と酒を買出しして、彼女の家に買って帰って、何をする訳でもなく暇を潰す。当時の彼女は恋しくないが、あの堕落した生活がとても恋しい。働き始めて、まがいなりにもこんな規則正しい生活が出来るようになるとは思っていなかった。昼寝て夜起きて、夜に眠れないと嘆いてめざましテレビを見ながら床に着く生活。あれが夏の心象風景だ。

 

今になっても1週間程度連休となるお盆休みにはそんな腐りきった生活がしたいと切望する。だけどなんやかんや予定が入り腐りきれない。次に腐り切れるのは仕事を辞めた時なのだろうか。夏は夜なんだよ。夏は夜。昼の夏は要らない。今年も夏が始まった。