Vapour Trail

月曜の朝のことだ。

 

前夜はろくに夕飯も食べず恵比寿で飲んでいたから。酒は翌朝も残るだろうと勘ぐっていたのだが、思いのほかするっと目が覚めた。

 

テレビはもうつけない。

 

枕元のiPhoneをダイニングのテーブルに移動させ時間を確認する。その流れで何気なく音楽をかけた。

 

ライドのVapour Trail。

 

薄靄の中に浮かぶどこかへ逝ってしまった貴方。モネの絵画のような朝焼けを思い浮かべる。何気なく。それくらいシンプルで綺麗な曲。蒸気の痕。ジャケットが青紫色をしているせいかもしれない。

 

新しい家は東向きだ。マンション自体は外壁工事をしているからシートで覆われているけど、さすがに朝だけは東向きの窓から日が差し込む。

 

早起きする唯一のメリットはひんやりとした朝焼けと対峙して外を歩けることだと思う。頬が冷たく、いくら歩いても汗ばまない。電車内の、こもったもわっとした空気がいかに不快なことか。

 

何に動揺しているのか。

 

右膝が冷たかった。

 

電車が停車するたびに扉から入る外気が脚を冷やしているのかと思っていたが、よく見るとリュックに閉まったコーヒーがこぼれていた。

 

驚いてスーツをハンカチで拭く。

 

友人の結婚祝いのお返しで貰った白いタオル地のハンカチが茶色く染まる。

 

ちゃんと蓋を閉めないでリュックに閉まってしまったから。コーヒーは静かに垂れた。ぽたぽた。膝をつたって電車の床に。

 

酔いは残っていないと思っていたのに。身体の反応は鈍かった。

 

咄嗟にどうにかしないといけない。だけど今、右膝に冷たさを感じて、もう膝が濡れているとか電車内のもわっとした不快な空気とか、早く拭かなきゃいけないとか、そんな場末的なことはどうでもよくて、些細なことなんじゃないかとぼんやりして、身体を反応させるのが重たかった。

 

頭の中でまたライドが流れる。

 

Vapour Trailのアウトロのストリングスがリフレインする。

 

「私たちの愛を確かめ合う時間はもうないのだよ」

 

Vapour Trailの歌詞は英語なのに、なぜ曲を聴いただけでそんな内容を語る歌だろうと解るのだろう。


酔いはやはり醒めてなかったらしい。

 

ボーイ・ミーツ・ガール。

 

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