喜劇と悲劇。

葬儀の動画に魅かれる。過去に亡くなった有名人のお葬式動画を漁った。

 

見たのは藤子・F・不二雄赤塚不二夫の葬儀。

 

最近は葬儀自体は密葬にして、別途開催されるお別れの会的なやつの方が多い気がする。マスコミは今も葬儀の前後で参列者にインタビューするのだろうか。あの、人の心をダイレクトにえぐるやつ。インタビューに応えるこれまた有名人の参列者。こういう冠婚葬祭時の受け応えってモロに性格出るよなという気がしてしまう。涙して良いこと言う人やあっけらかんとしてる人。冷静に故人の社会的評価を話す人。別に葬儀自体には何の感慨も湧かないのだけれど、在りし日の故人を偲んだ姿は一見悲しくもあり、ドリフのコントのようにどこかで滑稽にも見える。

 

赤塚不二夫なんてそれこそアル中から肝臓を悪くし脳梗塞で倒れてるのだから、「亡くなってほっとした」と応える人も居た。在りし日の映像として流れたのは、宴会場で客人達がチームに分かれ口に含んだ氷を口移しで渡し速さを競うゲーム。なぜ葬儀のニュースでこの映像を選んだのか。そこもやはり滑稽だし、タモリが読んだ白紙の弔辞もどこかでコント然としていた。

 

そういえば、木梨憲武は死んでもいないのに自分の葬儀をゴールデンタイムで放送して顰蹙を買ったことがあった。

 

「喜劇」という言葉は使うけれど、「悲劇」という言葉で括られる演劇はあまり見かけない。真面目な姿をコント然として見せられる結婚式や御葬式は、やもすれば周囲の人にとっては一番の悲劇だったりする。

 

どちらも自分の為に催すのではない。自分の為にと当人が考えた瞬間に冠婚葬祭は喜劇になる。

 

祭り上げられるのなんて死んでからでいいよ。悲しんでくれる人がいればの話だが。