愛着か惰性か。

長く続けるのは愛着か惰性か。

 

愛着てのは詰まるところ、その対象に対しての感情移入だと思う。どれだけ思い入れがあるか。対象のことを考える時間が多くなる。それは興味以上に「どこか気になってしまう」からだ。

 

考える時間は当然その対象と長い年月を過ごせば過ごす程に増える。だから長く接していれば当然気になるポイントは増え、対象を気にかけるようになる。気にかければかける程、対象との関係は深まっていく。

 

しかし、人は長く続けた事象を簡単に辞めることが出来ない。慣性の法則にも似てる。こういう時、愛着で続けているのか、それともレールに乗ってただ惰性で続けているのかが分からなくなる。長ければ長いほどに。それを愛しているからなのか、ただ単に辞めるのが怖いからなのか。後悔するのはきっと辞めた後なのだ。

 

愛着か惰性か。

 

どちらか悩むようになったということは、それだけ長く1つのことを続けられている証拠でもあると思う。少なくとも2〜3年は続けないと悩むまでにはいかない。

 

どんなに好きな事であっても、続けていればいずれは嫌になる瞬間が来る。そこで愛情を取り戻すのか、それとも惰性に安住した気楽さを求めるのか。

 

後者になったという事は、それだけ自分に守るべきモノが増えた証拠なのかもしれない。まんざら年齢の他にも重なるものは無くはない。