発熱。

相変わらず1〜2ヶ月に一度のペースで風邪を引き続けてる。

 

その瞬間は大半が月曜の朝に訪れる。もしくは深酒して吐いた翌朝だ。

 

それまで何も無かったかのように酒を飲み翌日に備えて寝るのだが、起きてみると何故か喉に違和感がある。嫌な予感。次第にそれは不快感に変わり痛みになる。風邪の始まりは喉から。そして鼻がつまり頭がぼーっとする。それでも熱は微熱程度。出ても37度前後。

 

昔は違った。39〜40度近い高熱で3日間寝込むとかざらだった。

 

体質が変わったのか、発熱しなくなったのだ。

 

その分、風邪は何週間ものあいだ身体の中に居座る。どんよりとしつこく、ねちっこい。まだお前を解放させないとばかりに身体の凡ゆる箇所から微妙に働ける程度の不快感で我が身を攻撃してくる。

 

それを月に一度味わうのだから嫌で嫌で仕方がない。

 

昔は違った。パァーッと熱が出て、何も出来ない程に身体が怠く痛くて、悪寒の中で安静にして汗をかき水分を取る。そして熱が下がった頃にはコロっと不快感は消えている。そんな潔い風邪の引き方をしてた。熱が出なくなったのは30代に入ってからだ。

 

風邪に限らず、30代に入ってからはパァーッと決めてすっと引くような選択を殆どしなくなった。ずるずると後引く風邪のように何事も選ばず流されるままにどんよりと続けて今に至る。

 

そんな主体性のない生活を馬鹿にされることもある。

 

選ぶことには責任が伴う。自分に対する責任。自分で選んだんだからという強い意志。しかし選ぶと必ず失敗する。経験上揺るがない。過去に何度あっただろうか。選んで失敗することより、選ばないで上手くいくことが歳を取るとともに増えた。そして、妙な事に選ぶ事を避けたり、選ばなくていいコツみたいなものを覚えた。

 

しかし、「選ばない」を主体的に選んでいる自分は果たして本当に選んでいない人間なのだろうか。

 

たまには身体が引く程の発熱でスッキリしたい。でも、熱を帯び冷めた後の爽快感は果たしてやって来るのだろうか?

 

今は良いが、また来月の何処かでしぶとく潜伏するそこそこの風邪が我が身をそっと苦しめる気がしてならない。

 

そういえば、煙草の煙が喉の風邪を引き起こす要因の1つに加わった。

 

どれだけ健康だと自分で感じていても、いざ煙草の煙を吸い込んだ直後には風邪の引き始めと同じような不快感を喉に感じる。30代になって変わった体質の1つなのだろうか。

 

また楽しみがひとつ減ってしまった。これも選ばないことに対する呪いだろうか。

 

人生は脇役として落ち着くとこに落ち着いたようだ。