6月10日。

仲間がどんどんと去っていく。

 

「仲間」という形容が正しいのか「同僚」という呼び名が適切なのかはもはやわからない。それくらい長く身を置いているからだ。

 

理由が人さまざまで、収入に満足しない者もいれば、他にやりたいことが見つかったという奴もいる。そもそも人間関係的に相性が合わなかったというのも大きいだろうし、理由なんて幾らでもあとで取って付け加えれるのだから、最終的には人間関係だろうし、回りまわって人はそれを「やりがい」と言うのだろう。

 

「やりがい」てのはなんとも曖昧な表現だ。

 

本人のやりがいを奮起させて低給でも働かせることを「やりがい搾取」なんて呼ぶけれど、要は自意識の問題で、やりがい搾取されていようと本人の気持ちが満足していればそれに他人がとやかく言う筋合いはないのである。

 

それに隣の芝は青く見えるとも言う。

 

労働人口と高齢化による人員不足とオリンピック需要で超売り手市場になっている昨今、芝が青く見えるなら刈りに行くのは当然だろう。

 

例年であれば特に目立った行事のない梅雨の時期。今年は送別会が増えそうだ。